大阪編集教室に入学したキッカケ

2019年05月30日|category:金曜サロン 

大阪編集教室のOB・OGが、その月の最終金曜日に集まって交流を深める「金曜サロン」。
この日は6名の卒業生で、「大阪編集教室に入学したキッカケ」をテーマに座談会をしてもらいました。彼らはどこで当校を知り、何を考えて入学を決めたのか。それぞれの理由に迫ります。

  • T実(フリーライター/入学時42歳)
  • M知(占い師/入学時47歳)
  • H光(営業マン/入学時28歳)
  • Y太(清掃員/入学時26歳)
  • H貴(業界紙記者/入学時23歳)
  • K成(プログラマー/入学時38歳)
  • 聞き手:T哉(ディレクター/入学時24歳)
――皆さんが大阪編集教室に入学したきっかけを教えてください。
T実私は大学卒業してから航空会社に入り、予約センターでオペレーターをしていました。ただ、17年勤めて、さすがに飽きたんです(笑)。その後、大学の研究室で事務をしていたけど、自分でコントロールできる仕事がしたくなって、別の仕事を探し始めました。文章を書くのは苦じゃなかったので、ライターはどうかな……と思い、そこからネットで検索したのが大阪編集教室との出合いですね。
――それ、ボクとまるっきり一緒です。入学前にしていた仕事は、一生する仕事じゃないなと思っていて。何か手に職をつけたいと考えていた時に、書くのはキライじゃないし、ライターってありかも…って考えました。M知さんは?
M知私は当時、生業ではありませんでしたが、いずれタロットで自立するために、あちこちで営業していたんです。そこであるお客さんから「あなたの言うことはわかりにくい」と言われたのがキッカケですね。「書き方セミナー」なんかに行ったりもしたけど、しっくりこなくって。そんな時、たまたま教室の前を通ったんです。
T実えっ、たまたま? すごいタイミング。
M知そう、教室の看板を見つけた瞬間に「これだ!」と思って、迷わず事務局のインターホンを押しました。
――何かに引き寄せられた感じですね。
M知アンテナを張っていたから見つけたのかもしれないですけどね。そのまま事務局で説明を聞いて、一週間後には入学の手続きをしました。
T実そういえば私も見つけた時には、ぱっと思いついて、すぐ行こうって決めましたね。
H光ボクの場合は、かなり特殊ですよ。おやじが編集教室の卒業生だったので、お前も行けって言われて。
T実えっ、ほんと? お父さんって何期生?
事務局1980年入学の第6期生だから、今から39年前の卒業生ですね。
H光そのおやじが繊維関係の出版社をしていて。ボクもその会社で働くことになった時、編集や文章の勉強したほうがいいと言うので、言われるがまま入学したんです。
――40年を超える歴史ある教室だからこそのキッカケですね。Y太さんは?
Y太ボクは、卒業生のブログを見て、教室のことを知りました。
H光それ僕も読んだことありますよ。良いことだけでなく批判的なことも書いてましたよね。
Y太それです、それです。当時の僕は大学院に進学したけど、論文が書けなくて挫折していた時でした。でも本が好きだったし、書くことに執着があって……。評論文を書きたいなと思っていたタイミングで見つけました。
――評論文を書くのに、なぜ編集教室に選んだんですか?
Y太ひとりで部屋にこもって黙々と書くタイプではなかったし、コミュニティーに属したかったのが大きいです。自分の居場所を探してたのかな。
H貴ボクも、大学院に行きたかったけど失敗して挫折した時でしたね…。その時に、大学の一緒のゼミにいた人に編集教室を紹介してもらいました。
全員その人、良い人ですね~(笑)。
H貴何がしたいかはっきりとは分からなかったけど、とにかく自分が知ったことを発信したかった。
T実それって、完全にライターの考え方ですよね。実際、業界紙の記者になってるから当時の想いは、かなり強かったんだと感じます。
――聞いていると挫折も入学の一つのキッカケですね。他にそういう方いますか?
K成ボクは、働いていたWEB会社での人間関係がイヤになった時に探し始めたので、ある意味挫折です(笑)。そのころ、職業柄いろんな技術者のブログを見ていたのですが、大半が理解するのに時間がかかる文章でした。だから、文章力の必要性を常々感じていて。
――ありますよね、そういう文章。「分かるやつだけ分かればいい」みたいな。
K成そんな状況だからこそ、文章がうまく書けたら同業者に差をつけられるし、「仕事の幅が広がる」と思いました。
――確かに文章が上手なプログラマーって、かなり強みになる気がします。
K成そこから検索して、大阪編集教室を見つけました。家から近いし、いろんなコースもあるし、これはやるしかないと思った。38歳で教室に入学して半年間学んだことで、自信もついて会社を辞める決断ができました。
――会社を辞める時期が早まったということですか?
K成そうですね。今では、フリーの立場でWEBの仕事もしながら、ゲーム攻略ライターの仕事もするようになりましたよ。
H貴ここは、次にすすむためのキッカケをくれるところですね。ボクも教室に来て、「書く仕事で食っていこう」って決めることができましたし。
――ちなみに教室に入学した直後の印象はどうでした?
T実先生の話はためになるし、みんな熱心だなというのが第一印象です。同期にプロを目指す人もいて、もうすでにその業界で働いている人もいた。刺激になる仲間に出会えてよかったと思っています。
――親の勧めで入ったH光さんは、ちょっとモチベーションが違ったんじゃないですか?
H光そうですね……。最初はみんな意識高いし、えらいとこ入ってしまったな~、と思いました。でも同期と1年間一緒に過ごしたことで、みんなの雰囲気に引っ張られて、途中から「本腰入れてやらなあかん」と意識が変化しましたよ。
Y太自分の文章だけでなく他人の文章も読めるから、そこからの学びもあって、自分も変われるというか、修正できますよね。
――いろんな視点からチェックし合えるのが楽しいですよね。感覚の違いが分かるというか。
H貴「えっ、こんな言葉、選ぶの?」、「こんなとこ取材するの?」って思ったり、自分では絶対出てこない表現に出合ったりしますし。
――僕はそういう「感覚の違い」を感じられたことが、すごく財産になっているんですが、大阪編集教室で学んだ時間で、何か感じたことありますか。
K成ボクは半年間、死ぬ気でやったといえるほど、文章と向き合いました。実になったと思える半年間でしたね。
H貴ボクらの同期は、みんな何かつかもうとする熱意みたいなものがあって、本当に熱かったですね。生徒たちが自ら動いて新聞を作ったり、勉強会を開いたりもしました。先生方に協力をお願いしたこともありましたよ。
H光よく飲みに行ったり、遊びに行ったりもしましたね。同期みんなでUSJも行くなんてこともありました(笑)。
――社会人になって、こういう繋がりができるのは貴重ですよね。
Y太いい意味でユルいとこがよかったです。殺伐としていないというか。プロを目指している人ばかりではないから、一部ではフワッとしているとこがいい。
――性別・年齢・職業の壁もほとんどないフラットさも、いい意味のユルさに繋がるかなと思います。
H光ボクみたいに意識が低くても受け入れてもらえますし……(笑)。
T実根本ではみんな「文章を書きたい」という部分で共通しているのが良いですよね。その共通認識があって、他のしがらみがないから居心地が良くて、卒業してもついつい来てしまいます。
Y太ボクみたいに書くことを仕事にしてなくても来れますから(笑)。この場所が本当にみんな大好きなんでしょうね。
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